福知山市三和町中出の寺院・神社

福知山市三和町中出(なかで)の寺院・神社の紹介である。

なお、このブログの記事の中には、下記のホームページの資料を参考にコピー・引用させていただいているところが多くあります(コピー・引用部は、このブログ文中の青色文字の部分)。詳しくは下記のホームページを御覧ください。

『丹後の地名』:http://www.geocities.jp/k_saito_site/index.html
『三和町中出』:http://www.geocities.jp/k_saito_site/amata/nakade.html

■三和町中出について

「中手」とも書く。細見川中流域。細見谷の2支谷、田ノ谷・西松(さいまつ)川が当地で合流する。細見川左岸を府道709号線(柏原綾部線)が走り、沿道に集落が立地する。
中手村は、江戸期の村。当村は江戸中期まで上流の中嶋村とともに細見辻村の枝郷。綾部藩領。
中出は、昭和10年~現在の大字。はじめ細見村、昭和30年三和村、同31年からは三和町の大字。もとは細見村細見中出といった。

細見中出村は、江戸期~明治22年の村。綾部藩領。江戸中期までの細見辻村枝郷中手村・中嶋村から成る。
明治4年綾部県、豊岡県を経て、同9年京都府に所属。同22年細見村の大字。平成18年より福知山市の大字。
細見中出は、明治22年~昭和10年の細見村の大字。昭和10年細見の冠称を省き中出と改称した。

■中出内の寺院神社の位置(地図)

■顕龍山興雲寺(臨済宗妙心寺派)

興雲寺は中出小字寺の段に所在する臨済宗妙心寺派の寺院である、創建については、各出典記述を列記参照すると、「院明細帳」では「本尊聖観世音菩薩」、その由緒は「慶安三寅年月日不詳創立、丹波国天田郡福知山城主稲葉淡路守ノ建立、開山回天大和尚、当宇迄ノ歴住十三代、文政十一年三月二十日焼失、同年四月創立」と記さる。『天田郡志』には、「開山回天法旧禅師(妙心寺住職にして、師の墓標本寺の西二丁ニ在)、開基は福知山城主稲葉淡路守紀通」。創建の記述は、「寛永二牛三月十五日にしてのち文政八年十一月失火、諸堂焼失、文政十年三月十八日再建。伝へ云往昔は天台宗にて、自泉某寺と号せしが、廃頽甚だしきを以て、嘉左衛門といへる特志家再建を企て、其望を達し、比時より妙心寺派となれりと云、而して稲葉侯の菩提所となれり」。また、後述に「丹波志に曰、、云々」と、稲葉侯除邑のさいの顕龍山号の由来を記している。『丹波志』をよりどころとしながら、寺伝論述がなされているが、同じく『丹波志』には次の記事がある。「開山回天和尚、元福知山ニ在シ、稲葉淡州君断絶ノ時、菩捉所(トシテ此所ニ引)、京妙心寺ノ末寺ナリ、和尚ノ兄弟三人有リトモニ此所ニ移ル、此兄弟子孫、中手村ニ住ス、今市谷ト云所ニ子孫有」と述べている。
興雲寺は、細見谷唯一の寺院であるが、「雅智覚」(西松初見家文書)によると、興雲寺の前身であったと思われる細見村長谷山中島寺は、神池寺(氷上郡市島町)の僧が住持を勤めていたが、寂し無住となったため、回天和尚に入寺を願っていたところ、慶安二年(一六四九)二月に入った、とある。回天和尚は、福知山藩主稲葉紀通にしたがい、その菩提寺であった福知山の冨春院の住持でもある。慶安元年に紀通が自害したあとに細見谷へ入ったことになる。以上のことから、当寺の創建は寛永年間以前にこの長谷に興曇寺の前身である寺があり、住持が無住・荒廃のとき、地元有力者の帰依によって中興、慶安二年にいたって、藩主の菩提
寺冨春院住持回天和尚が、期を一にして入寺、興曇寺の名実中興は成り、寺歴を重ねてきたと考えられる。
興雲寺の本尊は、記述のとおり聖観世音菩薩であり、『福知初市史』によると、「紀通公護念仏聖観音菩薩、此寺之御本尊也、元は鬼カ城ニ安置ス、御本尊ニテ、春日之仏師ノ作也(稲葉古森系図)、また『細見村是』には、稲葉侯持仏党ニ安置セシモノ木造仏像ナリ」とある。
境内の仏堂として観音堂があり「寺院明細帳」に、本尊三拾四仏観音」とある。天田郡西国第七番」雲を興す、寺のお庭に顕われし、一味の雨ニ水主の龍」、また天田郡四国第七十六番近郷十二薬師の第一番「めぐりゆく願いも十二の道ぐに守らせたまう法の尊さ」の詠歌がある
また、寺内には薬師如来木造座像が安置されており、由来は詳らかでないが、おそらく梅田神社の守護であった神宮寺に安置されていた像であろうと思われ、神宮寺の什物帳(安政三年-一八五六-三月八日改、梅田神社文書)には、本尊薬師如来 壱体 焼失之節焼残」とあり、この像を興雲寺が管理したものであろう。火災にあったため、像の腰部の他は、大修理がなされている。
興雲寺には、開山の回天和尚にかかわる遺品も多く、回天和尚の木像、回天和尚使用の諸道具(喚鐘、硯箱など)がある、回天の墨跡や即興詩を板に刻んだものも残されており興味深い。

■興雲寺の写真(平成27年11月2日撮影)

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■梅田神社

主神に紀氏の祖を祀るという。ちょっと小高い所に超立派な社殿が鎮座する(府登録文化財)。境内にはかつては神宮寺(天台宗梅竜山神宮寺)もあったというが、幕末の火災と明治の廃仏毀釈で烏有に帰したという。
中央に梅田神社、向かって右に春日神社、左に西宮神社(えびす神社)。

■梅田神社の写真(平成27年11月2日撮影)

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by okamura920 | 2017-01-06 19:39 | 福知山市内 神社・寺院 | Comments(0)
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