<   2016年 12月 ( 4 )   > この月の画像一覧

福知山市三和町寺尾の寺院・神社

福知山市三和町寺尾(てらお)内の寺院・神社の紹介である。

なお、このブログの記事の中には、下記の『丹後の地名』というホームページの資料を参考に引用させていただいたところが多い。

   『丹後の地名』:http://www.geocities.jp/k_saito_site/index.html

■三和町寺尾について・・・以下の多くは『三和町寺尾』:http://www.geocities.jp/k_saito_site/amata/terao.htmlから引用させていただいている。

河岸段丘の高い位置にあって、高原のような雰囲気がある。土師川支流寺尾川の谷間に位置して、谷奥を寺尾山田という。往古当地では温泉が出たと伝えている。
寺尾村は、江戸期~明治22年の村。綾部藩領。山裏郷14村の1つ。はじめは草山村の枝郷で、元禄の国絵図改以後高分けされたという。
。明治4年綾部県、豊岡県を経て、同9年京都府に所属。同22年細見村の大字となる。
寺尾は、明治22年~現在の大字名。はじめ細見村、昭和30年からは三和村、同31年からは三和町の大字。平成18年より福知山市の大字。

 
■三和町寺尾の寺院神社

■妙見山実相寺(日蓮宗)・・・以下は『三和町寺尾』:http://www.geocities.jp/k_saito_site/amata/terao.htmlからの引用・コピーである。

実相寺は、寺尾小字薬研に所在の日蓮宗の寺院で、本山は身延山久遠寺である。明治二十五年(一八九二)寺尾小字薬研に妙見堂が創建され、日蓮宗実相寺として本堂・庫裡兼用の木造で、梁行き六間、桁石き六間三六坪、茅葺き一棟が建設された。その後寺院に改称すべく申請したが、寺院創建は不許可となった。ところが、船井郡上和知村字市場小字上ノ山に同宗の実相寺があり、檀家も少なく堂字の維持も困難な事情があり、細見村地域に信徒多数、しかも当時移転の希望がある中で、信徒双方協議の結果、大正九年(一九二〇)十月、村長副中をつけ京都府知事に申請した。大正十二年(一九二三)三月二十日、改築設計を提出し、建立のはこびとなった。移転取調書には、本尊はじめ諸仏像が記されており、「釈迦牟尼仏壱体・多宝如来壱体・顕目宝塔壱体・四菩薩四体・日蓮大壬壱体!妙見大王壱体・鬼子母神壱体」と記されている。なお、和知の実相寺は、延宝六年(一六七八)十一月四日に上和知に創立されている。

■実相寺の写真(平成27年10月24日撮影)
a0003356_12460801.jpg
a0003356_12461592.jpg
a0003356_12462203.jpg


■三柱神社・・・以下は『三和町寺尾』:http://www.geocities.jp/k_saito_site/amata/terao.htmlからの引用・コピーである。

三和町字寺尾小字北畑に所在し、祭神は、火産霊命・奥津比古命・奥津比売命とされる。
『細見村史』『丹波誌』ともに火産霊命・奥津比古命・奥津比売命を祀るとある。『丹波志』または「綾部藩藩政社寺要記」には別の名として、三宝荒神と社名される。また、「神輿出ル、境内凡五十間四方、古薬師山也、于今薬師堂有リ、俗伝ニ云、八十年斗以前、草山村天神ノ社地ヨリ移シ祭ル、千束、芦渕同意、別ニ此神ヲ産神トス、三俣村御幣明神祭礼ノ時、于今此村々ノ機数ヲ校フト也」とあり、本村であった草山村から寺尾村が分村し、神社も分祀されたことがわかる。分村の時期は寛永年間ごろ(一六二四~四四)と伝えられており、『細見村史』の創建時期を寛永年間としている記述も、出典はあきちかでないが、大誤はないであろう。
現在の社殿は、元治二年(一八六五)地五大工による再建で、一間社流造、柿葺である。身舎は円柱で出三を組み、向拝は几帳面取方柱で連三斗を組み、海老虹梁でつなぎ手挟がある。

■三柱神社の写真(平成27年10月29日撮影)
a0003356_12563133.jpg
a0003356_12565255.jpg
a0003356_12565741.jpg
a0003356_12570995.jpg
a0003356_12571342.jpg
a0003356_12571804.jpg
a0003356_12572298.jpg


[PR]
by okamura920 | 2016-12-29 13:07 | 福知山市内 神社・寺院 | Comments(0)

福知山市三和町千束(せんぞく)の神社

福知山市内の寺院・神社の紹介の2番目は、三和町千束である。

なお、このブログの記事の中には、下記の『丹後の地名』というホームページの資料を参考に引用させていただいたところが多い。

   『丹後の地名』:http://www.geocities.jp/k_saito_site/index.html

■三和町千束について・・・・以下は『三和町千束』:http://www.geocities.jp/k_saito_site/amata/senzoku.htmlからの引用である。

旧三和町の中心地で、福知山市三和支所などがある。
土師川南岸の広い河岸段丘上に位置し、国道9号(山陰街道)が北西から南東に貫通。沿道に集落が立地する。
かっての千束村は、江戸期~明治22年の村。綾部藩領。山裏郷14村の1つ。
貞享3年に、当村の次郎吉を頭取とした領主への強訴が発生し、同人に組した者はみな追放となった。その際に、次郎吉は古記・水帳などを携えて出村したために、その以前の村の状況は多く不明になったという。明治4年綾部県、豊岡県を経て、同9年京都府に所属。同22年細見村の大字となる。
千束は、明治22年~現在の大字。はじめ細見村、昭和30年三和村、同31年からは三和町の大字。平成18年より福知山市の大字。
 
詳しくは下記のホームページを御覧ください。
 
 『三和町千束』:http://www.geocities.jp/k_saito_site/amata/senzoku.html


■千束内の寺院神社の位置(地図)
■大歳神社・・・以下は『三和町千束』:http://www.geocities.jp/k_saito_site/amata/senzoku.htmlからのコピーである。

三和町字千束小字清水に所在。祭神は、素盞嗚命の御子大歳。「綾部藩藩政社寺要記」には、「大年明神」と、「年」をあてており、また「神社明細帳」には、「大歳神」とある。『細見村史』には、「素盞男命の御子大歳の神を祀る」と記され、「千束に鎮座せられた、元荒船神社を合祠する」とある。さらにかつて、「生野神社の氏予であったが、分離して農神である大歳の神を祀ったもの」という。『丹波志』にも、「俗伝云、往古ハ三俣村御幣大明神本居諍論有之、別此神ヲ祀ルト云」とあり、「御幣はん」(生野神社)を中心とする「六人部七天神」との関係を伝えている。
規模・構造は、一間社流造、銅板仮葺で、元は柿葺であった。身舎は門柱、上部に出組を組む。内部は扉で内陣と内々陣をしきり、天井は棹縁天井、床は拭板敷である。向拝は几帳面取方柱で連三斗を組み、浜縁を備え、海老虹梁でつながれる。軒は二軒繁垂木である。妻飾りは一段持出し、二重虹梁大瓶束としている。この地域の典型的な一間社流藁といえる。建立は様式的に十七世紀後半と推定される。なお、境内には享保六年(一七二一)の石燈籠かある。

■大歳神社の写真(平成27年10月24日撮影)

a0003356_22094787.jpg
a0003356_22100933.jpg
a0003356_22102055.jpg
a0003356_22102973.jpg

[PR]
by okamura920 | 2016-12-26 14:08 | 福知山市内 神社・寺院 | Comments(0)

福知山市三和町芦渕(あしぶち)の寺院・神社

二年ぶりの更新となったこのブログでは、今後福知山市内の寺院・神社を紹介していきたい。
第1番目は、私の菩提寺や氏神さんのある三和町芦渕から始める。

なお、このブログの記事の中には、下記の『丹後の地名』というホームページの資料を参考に引用させていただいたところが多い。
このホームページは、タイトルが丹後となっているが、丹後のみならず丹波についても詳しく記載されていて、福知山市の地域、神社、寺院についての歴史的資料は詳細かつ膨大である。

   『丹後の地名』:http://www.geocities.jp/k_saito_site/index.html

■三和町芦渕について
芦渕区の中央に国道9号が走り、近接並行して由良川の支流土師川(はぜ川)が流れ、その両側が山になる中山間地域である。

江戸期から明治22年までは芦渕村と称し、明治4年綾部県、豊岡県を経て、同9年に京都府に所属。
同22年細見村芦渕となる。
昭和30年3月に細見村、菟原村、川合村が合併し、三和村が発足して天田郡三和村芦渕、同31年からは天田郡三和町芦渕、平成18年1月1日より福知山市三和町芦渕となる。
 
詳しくは下記のホームページを御覧ください。
 『旧細見村』:http://www.geocities.jp/k_saito_site/amata/hosomiv.html
 『三和町芦渕』:http://www.geocities.jp/k_saito_site/amata/asibuti.html


■芦渕内の寺院神社の位置(地図)

■霧窓山廣雲寺(臨済宗妙心寺派)・・・以下は『三和町芦渕』:http://www.geocities.jp/k_saito_site/amata/asibuti.htmlからのコピーである。

  中出興雲寺の開山、回天和尚の隠居寺として知られている。本尊は釈迦如来である。「寺院明細帳」には「堂宇創立ハ、慶安弐年丑年月日不詳、開山同細見奥村興雲寺回天法旧和尚ヲ請テ、当寺開山トナス、当字迄の歴住八代」とある。『丹波志』には、「回天和尚隠居所芦渕村ニ存、今霧窓山広雲寺ト云、家老黒川吉之助施主本尊在之」と記され、『丹波志』にも「興雲寺ヲ退隠シテ、此所ニ住シ、稲葉氏の家老黒田吉之助寄付ノ仏を以テ本尊トシ祭リ、逐ニ壱宇トナレリ」とある。『天田郡志』にも同様に記され、『細見村史』に、「開基は妙心寺住職回天法旧和尚、寛文二年(一六六二)壬寅四月二十五日の創建」とまとめられ、興雲寺入寺以来十年余で、当寺を中興創建におよんだものと考えられる。

■廣雲寺の写真(平成27年10月24日撮影)

a0003356_22140791.jpg
a0003356_22142806.jpg
a0003356_22145178.jpg
a0003356_22150606.jpg
a0003356_22153624.jpg

■王歳神社・・・以下は『三和町芦渕』:http://www.geocities.jp/k_saito_site/amata/asibuti.htmlからのコピーである。

 三和町字芦渕バン上に所在し、祭神は仁徳天皇。王歳神社の文字について『丹波志』は、この字であるが、「綾部藩藩政社寺要記」には、「大年」と記されている。祭神は、『丹波志』によると、「祇園左脇ノ神也ト云、私曰、恐クハ少将井ナランカ、則稲姫也」とある。『細見村史』には明記されず、「神社明細帳」には、仁徳天皇とある、さらに『細見村史』には「大国主命を祀る」とある。天正三年(一五七五)仲秋の創建、明治二十六年(一八九三)再建とある。
規模・構造は、一間社流造、軒唐破風付で柿葺。身舎は円柱粽付、出組詰組とし、向拝は几帳面取方柱で、連三斗が軒を支えている。身舎とは海老虹梁でつながれ手挟がある。二軒繁垂木で妻は一段持出し、二重虹梁になっている。現建物の覆屋の桁には明治二十六年上棟の札がある。
■王歳神社の写真・・・平成27年10月24日撮影

a0003356_22182617.jpg
a0003356_22183897.jpg
a0003356_22185270.jpg

平成28年元旦の風景
a0003356_22190889.jpg




[PR]
by okamura920 | 2016-12-24 10:14 | 福知山市内 神社・寺院 | Comments(0)

福知山市内寺院・神社めぐりウオーキング

このブログも約2年ぶりです。

2015(平成27)年10月24日、ウオーキングを目的に福知山市内の寺院・神社めぐりを開始しました。
そして、この(2016年)12月に福知山市内のほとんどの寺院・神社巡りを満願いたしました。
(Google Mapに記載の寺院、神社を元にウオーキングしたため、寺院はほとんど漏れは無いかと思いますが、神社は、Mapに記載のないものがたくさんあるようで、もれが多くあると思われます)

ウオーキングの方法は、一日に歩く時間を2~4時間程度として、目標の地域まで車で出かけて駐車場に車を置いて、寺院、神社をめぐって写真を撮りながら歩き、駐車場まで帰ってきます(距離は4~12km)。
このウオーキングで役に立ったのが、事前調査のためのGoogle Mapと、道案内のためのスマホのナビでした。
又、一日のウオーキングの軌跡がスマホのアプリによって記録できたことも、面白い経験でした。
(このウオーキングの軌跡と写真はFace bookでも紹介しています)


福知山市は、2006(平成18)年1月1日に、福知山市と近隣の三和町、大江町、夜久野町の1市3町が合併して、新しい福知山市となったもので、人口約8万人の小さな地方都市です。

この福知山市内の寺院・神社を、延べ51日、寺院数122、神社数142か所を巡って393kmを歩きました。た。

このブログでは今後すこしずつ、巡った地域や、寺院、神社を紹介していきたいと思っています。

引き続きご照覧ください。


■福知山市三和町内の寺院・神社
  巡った寺院数は14、神社数は24です。(下記の地図をクリックすると、拡大します)
■福知山市大江町の神社・寺院
  巡った寺院数は16、神社数は19です。(下記の地図をクリックすると、拡大します)

■福知山市夜久野町内の寺院・神社
   巡った寺院数は15、神社数は16です。(下記の地図をクリックすると、拡大します)

■旧福知山市(合併前)内の寺院・神社
   巡った寺院数は77、神社数は83です。(下記の地図をクリックすると、拡大します)




[PR]
by okamura920 | 2016-12-23 15:58 | 福知山市内 神社・寺院 | Comments(0)